にくい、うらみ、はらだちの出典 〜 八つのほこりの説き分け3
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)2月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3](上田嘉太郎著)』から『にくい、うらみ、はらだちの出典は何か』を紹介します。
基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3]
上田嘉太郎著
『みちのとも』立教163年2月号掲載
にくい、うらみ、はらだちの出典
この連載を読まれた複数の読者からお尋ねがありました。それほ八つのほこり、特におふでさきに登場しない、にくい、うらみ、はらだちの出典は何か、というものです。
原典では、八つのほこりという表現は、おさしづに四例あります。第一回に引用した、
人間というものほ、身の内かりもの八つのはこり、この理を分かりさいすれば、何も彼(か)も分かる。おさしづ (明治21・7・4)
をはじめ、すべて身上からの伺いに対するお言葉の中に登場します。
また、うらみという語は、おふでさきには、
このさきわどのよなみちがあるとても 人をうらみなハがみうらみやおふでさき(13号 108)
など四首に登場し、いずれも「どんな事があっても銘々の通り方の結果であるからして、人を恨んだりせず、恨むなら自分自身を恨むように」という意味合いのお歌です。
これは、みかぐらうたの、
なんぎするのもこゝろから わがみうらみであるほどにみかぐらうた(十下り目7)
にも通じることです。
おさしづには、
小さい心はやめてくれ。疑(うた)ぐり/\の心はやめてくれ。ほしい、をしい、うらみ、そねみの心はやめてくれ。おさしづ(明治28・10・7)
という形で出てきます。
他方、にくい、はらだちは、原典には出てきません。
しかし、うらみを含め、にくい、はらだちの三つが八つのほこりの内に数えられ、教祖直々の教えとして御在世中からよく知られていたことは、こふき本の記述から明らかです。
また、『稿本教祖伝』の第七章の註にある「就御尋手続上申書」(明治十四年)には、月日のやしろたる教祖のお立場、月日親神様が人間世界をお創り下されたこと、かしもの・かりもの、身の内御守護に続いて、「人間ニハ病気ト云(いう)ハ更二無之候得共人間ハ日々ニ貪(ほしい)惜憎可愛恨(うらめ)シイ立腹慾高慢此八ツノ事有故……」と、病気の因となる心得違いを八つ列挙し、さらに心得違いをさんげしてお願いすれば、どんな御守護も頂けると記されています。ここにも身の内御守護と並んで、八つのほこりの教えが基本教理として既に定着していた様子がうかがえます。
さて、今回のテーマは、にくい、かわいです。世間でも愛憎などと申しますが、人に対する好悪(こうお)の念の行き過ぎをほこりと戒めておられます。
※この記事は天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)2月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3](上田嘉太郎著)』から引用しています。
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