よく 〜 八つのほこりの説き分け5
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)4月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け5](上田嘉太郎著)』から『よく』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け5]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年4月号掲載今回のテーマは「よく」と「こうまん」です。ほこりの親分格と言っていいでしょう。それだけに説き分けの内容にも、なかなかきつい
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)4月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け5](上田嘉太郎著)』から『よく』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け5]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年4月号掲載今回のテーマは「よく」と「こうまん」です。ほこりの親分格と言っていいでしょう。それだけに説き分けの内容にも、なかなかきつい
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)3月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け4](上田嘉太郎著)』から『はらだち』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け4]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年3月号掲載はらだち「はらだち」とは、腹の立つのは気ままからであります。心が澄まぬからであります。人が悪いことを言うたとて腹を立て
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)3月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け4](上田嘉太郎著)』から『うらみ』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け4]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年3月号掲載前回、冒頭で、おふでさき、このみちハをしいほしいとかハいと よくとこふまんこれがほこりやおふでさき (三 96)のお歌に
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)2月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3](上田嘉太郎著)』から『かわい』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年3月号掲載かわい「かわい」とは、わが身さえ良ければ人はどうでも良い。わが子の愛に引かされ、食べ物、着物の好き嫌いを言わし、仕込むべ
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)2月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3](上田嘉太郎著)』から『にくい』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年2月号掲載にくい「にくい」とは、自分のためを思うて言うてくれる人をかえって悪く思うてその人を憎み、また、嫁・姑(しゅうとめ)など身
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)2月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3](上田嘉太郎著)』から『にくい、うらみ、はらだちの出典は何か』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け3]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年2月号掲載にくい、うらみ、はらだちの出典この連載を読まれた複数の読者からお尋ねがありました。それほ八
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)1月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け2](上田嘉太郎著)』から『ほしい』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け2]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年1月号掲載ほしい「ほしい」とは、心も尽くさず、身も働かずして金銭を欲しがり、分を忘れて良きものを着たがり、良きものを食ベたがり、ま
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教163年(2000年)1月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け2](上田嘉太郎著)』から『をしい』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け2]上田嘉太郎著『みちのとも』立教163年1月号掲載みかぐらうたでは、「八つのほこり」のうち、よくだけが登場します。手ぶりはかき寄せる格好をします。これは物や金銭を求めるだ
天理教道友社から発行されている『みちのとも』立教162年(1999年)12月号に掲載された『基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け1](上田嘉太郎著)』を紹介します。基本教理を身につける[八つのほこりの説き分け1]上田嘉太郎著『みちのとも』立教162年12月号掲載私共の教会では、「おつとめ」「おさづけ」と並んで、「基本教理の体得」を成人目標に挙げて、《ようぼくの栞(しおり)》なるものを作成し
さあさあだんだんの席返す返すの席をして、さあ一日の日というは生涯の心一つの理を以って一つ席とす。席に順序一つの理は、よく聞き分け。席に順序一つの理は、生涯の理を諭す。生涯の理を諭すには、よく聞き分け。難しい事は一つも言わん。どうせこうせこれは言わん、これは言えん。言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかという。それ人間という身の内というは、神のかしもの・かりもの、心一つが我がの理。心の理
毎月1日に勤められるようになった、新型コロナの終息を祈念するお願いづとめに参拝してきました。12月に入って、親里の秋の象徴とも言える「いちょう並木」もだいぶと葉を散らし、もう数日で今年の黄色の景色ともお別れかと思うと、いよいよ年末を迎えるんだなあと実感が湧いてきます。長い長いコロナ禍の最中、誰しもが大きなストレスを受けていると思います。身体だけでなく、心も健康にご守護いただけるようにお願いをさせて
自分用に八つのほこり(拝読用)をテキスト化しました。全文を載せています。八つのほこり人間の身体は、親神様からのかりもので、心だけが自分のものであります。身体をはじめ、身の周りの一切は銘々の心通りに御守護下さいます。親神様の思召に沿わない、自分中心の心遣いを「ほこり」と仰せられます。ささいな「ほこり」の心遣いも積もり重なると、ついには十分な御守護を頂けなくなります。そこで親神様の教えをほうきとして、